高城町(たきちょう)は鹿児島県の北西部、薩摩郡(1896年以前は高城郡)に属していた町。
1965年(昭和40年)4月15日に川内市(現在の薩摩川内市)に編入され、自治体としては消滅した。
概要
川内平野の北端部、高城川の流域に位置し、東西9.15キロメートル、南北17.45キロメートルに及ぶ。町役場は麦之浦に置かれていた。1965年2月1日時点の総人口は9,215人、世帯数は2,299戸、編入直前の昭和35年国勢調査(1960年10月1日)時点ではそれぞれ10,485人、2,462戸であった。
高城町は麓、城上、麦之浦、湯田、西方の5大字から編成されており、現在の高城町(編入時に麓から改称)、城上町、陽成町(編入時に麦之浦から改称)、湯田町、西方町の全域が当時の町域にあたる。
地理
- 河川:高城川
沿革
江戸時代には薩摩藩の行政区域「高城郷」が町域そのまま(1957年の編入地域を除く)に置かれており、麓集落が麓村にあった。明治初期の戸長役場も麓村にあったが、町村制以降(時期不明)は麦之浦が行政の中心となった。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い麓村、城上村、麦之浦、湯田村、西方村が合併し、高城村が成立。
- 1897年(明治30年)4月1日 - 高城郡が薩摩郡に編入され、薩摩郡のうちとなる。
- 1957年(昭和32年)4月1日 - 下東郷村大字田海(現在の薩摩川内市田海町)の一部を大字城上に編入。
- 編入地域のうち、特に下之段地区では消防・小学校(吉川小学校)を高城村側と共同運営しており、日常面でも高城村と密接な関係にあった。村役場職員2名を受け入れ。面積は65.16 km²から68.72 km²に広がった。
- 1959年(昭和34年)12月31日 - 高城村が町制施行し、高城町となる。
- 1965年(昭和40年)4月15日 - 高城町が川内市に編入される。町役場は川内市役所高城支所(後に出張所に格下げ)となる。
地域
教育
中学校
- 高城町立高城東中学校(1991年に下東郷中学校と統合し薩摩川内市立平成中学校を新設)
- 高城町立高城西中学校(2012年に薩摩川内市立水引中学校に統合)
小学校
- 高城町立高来小学校
- 高城町立城上小学校
- 高城町立吉川小学校(1957年まで下東郷村との一部事務組合立であった)
- 高城町立陽成小学校
- 高城町立湯田小学校
- 高城町立西方小学校
交通
道路
国道
- 国道3号
県道
- 鹿児島県道339号東郷西方港線
- 鹿児島県道341号吉川川内線
- 鹿児島県道345号下東郷阿久根線
鉄道
- 日本国有鉄道鹿児島本線
- 西方駅 - 薩摩高城駅
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 川内高城温泉
- 西方海水浴場
脚注
参考文献
- 鹿児島県総務部参事室編『鹿児島県市町村変遷史』鹿児島県、1967年。
- 澤田久雄・編『日本地名大辞典』第1巻、日本書房、1937年 p.188
関連項目
- 鹿児島県の廃止市町村一覧
- 川内高城温泉
- 鹿児島市、谷山市 - 鹿児島県内における同時期の合併例。



